AI社員には「会社の記憶」が必要になる
一般的に賢いAIと、会社で働けるAIは同じではありません。社員指導や打合せの音声から判断理由を残してきた経験を基に、会社ナレッジをAIと共有する意味を考えます。
AIと仕事を設計する|第3回
AI社員には「会社の記憶」が必要になる
前回、AIエージェントを使えば、AIに役割と道具を持たせて仕事をさせる仕組みを作れるという話を書きました。
過去資料を探すAI。数量を確認するAI。図面を確認するAI。それらをまとめるAI。
技術的には、少しずつ実現できる環境が整ってきています。
しかし、ここで一つ大きな問題があります。
AIに役割を与えただけで、本当に会社の仕事ができるのでしょうか。
考えてみると、答えは簡単ではありません。
新入社員に会社の仕事を任せると考えてみる
例えば、非常に頭の良い人が今日から会社に入ってきたとします。
一般的な土木工学の知識がある。計算もできる。文章も書ける。プログラムも作れる。
それでも、初日から会社の仕事を完全に任せることはできません。
なぜなら、
この会社では、これまでどのように判断してきたのか。
を知らないからです。
過去に似た案件があったのか。そのとき何が問題になったのか。発注者とどのような協議をしたのか。どこで手戻りが起きたのか。誰が何を判断したのか。どの条件では原則を変えたのか。
こうしたことは、一般的な教科書には書かれていません。
会社の仕事は、一般知識だけで成り立っているわけではありません。AIも同じだと思います。
一般的に賢いAIと、会社で働けるAIは違う
生成AIは、学習データなどに基づく一般的な知識を使って、幅広い質問へ回答できます。
土木設計について質問しても、多くの場合、それらしい回答を返します。
しかし、
「以前、当社で同じようなケースをどう処理したか」
は知りません。
当然です。その会社の中で何が起きたのかを、AIは見ていないからです。
ここに、
一般的に賢いAIと、会社で働けるAIの差があります。
会社専用AIを考えるなら、この差を埋めなければなりません。
会社の知識は意外と残っていない
これはAI以前の問題でもあります。
日常の仕事では、多くの判断が会話の中で行われています。
「ここはこうした方がよい」「前にも同じことで修正になった」「この場合は数量の考え方が違う」「ここは発注者へ確認した方がよい」「この条件では、この基準をそのまま使わない」
こうした話は、その場では非常に重要です。
しかし、仕事が終わると意外と残りません。
図面や計算書は残ります。報告書も残ります。
ところが、
なぜその形になったのか。
という判断過程は残りにくい。
これは以前から気になっていました。
音声を会社のナレッジに変える
そこで当社では、日常の技術指導や打合せを音声で残し、文字起こしして整理する取り組みを進めてきました。
目的は、単なる議事録を作ることではありません。
残したいのは、
- 何を検討したのか
- どのような判断をしたのか
- なぜそう判断したのか
- 注意点は何だったのか
- 次に何を確認するのか
- まだ分かっていないことは何か
といった部分です。
音声であれば、仕事を止めて詳細なマニュアルを書く必要がありません。普段の指導や会話そのものを入口にできます。
これは、小さな会社には相性がよいと感じています。
もちろん、何を録音するのか、どこへ保存するのか、誰が閲覧できるのか、外部のAIサービスへどこまで送ってよいのかは、別に決めておく必要があります。
要約だけでは足りなかった
最初は、文字起こしをAIで要約すれば十分だと思っていました。
しかし、実際に使ってみると、それでは足りませんでした。
要約すると文章は読みやすくなります。一方で、
- なぜ迷ったのか
- 条件によって判断が変わる部分
- まだ確認できていないこと
- 途中で出た注意事項
などが落ちることがあります。
会社の知識として重要なのは、結論だけとは限りません。
むしろ、
判断に至る過程が、後から重要になります。
そのため現在は、単に短くまとめるのではなく、判断理由や未確認事項も残すことを重視しています。
「会社の記憶」を検索できるようにする
記録を残すだけでは、今度は別の問題が起こります。
件数が増えると探せません。
100件、200件、500件と増えていけば、人間がすべて覚えておくことはできません。
そこで必要になるのが、
検索できる会社の記憶です。
案件名、工種、作業内容、主要論点、判断内容、注意事項などを整理しておけば、後から「これと似た話は過去になかったか」と探せます。
これは社員教育にも利用できます。同じ質問をする前に、過去の指導を確認できるからです。
そして、この記録はAIにも使える
ここまでは、もともと社員教育や技術継承を目的として考えていました。
しかし最近、別の意味が見えてきました。
この会社ナレッジは、
将来、AIエージェントが社員の仕事を支援するための参照基盤にもなります。
例えば社員がAIへ、
「この数量の考え方でよいか」
と質問したとします。
AIが一般論だけで回答するのではなく、過去の社内記録から似た判断を探す。そのときの条件を確認する。今回との違いを整理する。
そして、
「過去にはこう判断している。ただし今回はこの条件が違うため、人間の確認が必要」
と返す。
ここまでできれば、かなり会社専用AIらしくなります。
会社の記憶にも、出典と状態が必要になる
ただし、会話や判断を大量に残せば、それだけで会社ナレッジになるわけではありません。
後から利用するためには、
- いつの記録なのか
- どの案件についての話なのか
- 誰が判断したのか
- 何を根拠にしたのか
- 最終決定なのか、検討途中なのか
- 現在も有効な考え方なのか
といった情報も必要です。
例えば、打合せの途中で出た案と、発注者との協議後に決まった内容が、同じ重さで検索結果へ出てきては困ります。
古い基準に基づく判断が、現在も有効であるように見えても困ります。
AIに会社ナレッジを利用させる場合も、単に過去の文章を回答へ混ぜるだけでは足りません。
どの記録を参照したのか。その記録はいつのものか。今回の条件と何が同じで、何が違うのか。
そこまで示させる必要があります。
会社の記憶には、内容だけでなく、出典と状態も必要です。
AIに正解を覚えさせるのではない
ここで注意したいことがあります。
過去の会社判断が、常に今回の正解とは限りません。
設計条件は変わります。基準も変わります。現場も違います。発注者との協議内容も違います。
だから、過去記録をそのまま答えとして使わせてはいけません。
AIには、
過去事例を判断材料として探させる。
という位置付けがよいと思っています。
過去は答えではありません。比較材料です。
最終判断は人間が行います。
社員とAIが同じ記憶を見る
ここまで整理すると、面白い構造が見えてきます。
従来は、
代表や経験者
↓
社員へ指導
↓
社員が覚える
でした。
ナレッジを残すと、
代表や経験者の判断
↓
会社ナレッジ
↓
社員が確認
になります。
さらにAIが入ると、
会社ナレッジ
/ \
社員が直接確認 AIが検索・比較
\ /
社員が判断
↓
実務
となります。
社員とAIが、同じ会社の経験を参照します。ただし、AIは過去事例を探して比較材料を示し、今回の仕事へどう適用するかは社員が判断します。
これは単にAIを導入することとは少し違います。
会社の経験を、人間とAIが共有する仕組みです。
小さな会社だから残せる知識もある
大企業には、大量のマニュアルやデータがあります。
一方、小さな会社では、仕事の判断が少人数の経験者へ集中していることがあります。
これは属人化という弱点です。
しかし逆に考えると、その人の判断をうまく外へ出せれば、密度の高い会社ナレッジになります。
私たちのような小さな専門会社では、「代表や経験者が頭の中で考えていること」そのものが、会社の重要資産になっている場合があります。
これを少しずつ会社へ残していく。社員が使う。将来はAIも使う。
そう考えると、ナレッジ管理は単なる文書整理ではなくなります。
AI社員を作る前に、会社の記憶を作る
AIエージェントという技術は、これからさらに進化すると思います。
数年後には、現在より簡単に会社専用AIを作れるようになるかもしれません。
しかし、どれだけAIが進化しても、その会社の過去を知らなければ、その会社の経験を使った仕事はできません。
だから今やる価値があるのは、最新AIを追い続けることだけではありません。
会社で起きた判断を、将来使える形で残していくこと。
なのかもしれません。
AI社員を作る前に、会社の記憶を作る。
振り返ってみると、当社では偶然その順番で進めていました。
次に試したいのは、その記憶を実際にAIエージェントから利用させることです。
会社の過去を知っているAIは、本当に社員の仕事を助けられるのか。ここから先は、実際に作りながら確かめていきたいと思います。
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