社員指導ナレッジ化の試行錯誤|第1回
社員へ説明した直後は、内容が伝わったように見えます。
ところが、自席へ戻って作業を始めると、細かな条件や確認事項が抜けることがあります。
これは社員の注意力だけの問題ではありません。土木設計の指導には、一度の会話で受け取るには情報量が多いものがあります。
作業手順だけでなく、なぜその条件を見るのか、どこに危険を感じたのか、どの基準をどう適用するのか。過去の手戻りまで含めて説明することもあります。
当社が技術指導や打合せを必要に応じて録音しているのは、社員を監視するためではありません。
指導を、その場限りの会話で終わらせないためです。
残したいのは、作業手順だけではない
土木設計では、指示された操作をそのまま進めればよいとは限りません。
同じ構造物でも、現場条件、発注者の考え方、過年度成果、施工条件、適用基準によって確認する内容が変わります。
例えば「図面を修正する」という指示にも、実際には次のような話が含まれます。
- どの資料を正として扱うか
- なぜその寸法を確認するのか
- 図面と数量のどこがつながっているか
- どの条件がまだ決まっていないか
- どの段階で再確認するか
- 過去にどのような手戻りがあったか
今回の作業だけを終わらせるなら、操作方法だけでも足りるかもしれません。
しかし、次の案件へ応用するには、判断へ至るまでの考え方も必要です。
社員教育で本当に残したいのは、完成した答えだけではありません。
一度の説明を、その場だけで消費しない
口頭での指導には、その場ですぐ質問できる良さがあります。
一方で、会話は時間とともに消えていきます。社員がメモを取っていても、説明のすべてを残せるわけではありません。説明する側も、後から同じ順番、同じ言葉で再現できるとは限りません。
その結果、作業途中で細部が分からなくなり、同じ内容をもう一度説明することがあります。
必要な再説明は行います。ただ、毎回一から繰り返すだけでは、代表の時間も社員の時間も使い続けることになります。
録音があれば、社員は作業へ入る前や迷ったときに内容を確認できます。
ただし、長い音声を毎回最初から聞き直すのも大変です。そこで、録音した内容を文字起こしし、AIを使って整理します。
録音しただけでは、まだナレッジではない
録音ファイルや長い文字起こしを保存しただけでは、後から使える知識になりません。
必要な情報がどこにあるか分からず、結局探せないからです。
当社では、文字起こしから主に次の内容を整理しています。
- 技術上の論点
- 判断した内容とその理由
- 社員へ伝えた作業指示
- 次に行う作業
- 未確認事項
- 注意すべき条件
ここで気をつけているのは、短くしすぎないことです。
結論だけを残すと、条件の違う案件へ過去の判断をそのまま当てはめる危険があります。
「この条件ではこう考えた」「ここは未確認だった」「この点に違和感があった」という経緯も、後から使うためには必要です。
迷いや違和感にも価値がある
正式なマニュアルや完成した成果品には、最終的な結論が書かれています。
しかし、実務では次のような途中の思考にも価値があります。
- 最初にどこへ違和感を持ったか
- どの条件で判断が分かれたか
- 何を危険と考えたか
- どの資料だけでは判断できなかったか
- どの段階で元請会社へ確認するか
経験の浅い社員にとっては、「正解を覚えること」より「どこを疑うべきかを知ること」の方が重要な場合があります。
録音は、会話の中にある暗黙の判断を取り出す入口になります。
社員が自分で確認できる状態をつくる
目標は、社員が毎回録音を聞き直すことではありません。
過去の指導や類似事例を自分で探し、現在の作業と比較できる状態をつくることです。
社員からの質問が、
「どうすればいいですか」
だけではなく、
「過去の指導では、この条件でこう整理していました。今回はここが違いますが、同じ考え方でよいでしょうか」
という確認型へ変われば、録音やAI整理は単なる記録ではなく、自分で考えるための補助になります。
一度の会話が、社員の復習資料、技術判断の履歴、類似案件の参考情報、会社の教育資産へ変わっていきます。
録音は、あくまで入口だった
社員指導を録音する目的は、音声ファイルを増やすことではありません。
人の頭の中にあった判断を、会社が再利用できる経験へ変える。
その入口として録音を使っています。
ただ、実際に始めてみると、録音すれば自動的に知識が残るほど簡単ではありませんでした。
社用iPhoneのボイスメモから始まり、iPadを買い、外付けマイクを試し、文字起こし方法も何度も変えることになります。
次回は、録音環境だけが少しずつ立派になり、肝心のナレッジは思ったほど良くならなかった話です。
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