AIを使わない6割――人手不足時代に「待つ」という判断は、本当に安全なのか
中小企業の約6割がAI導入の具体的な予定を持たないという複数の調査から、技術の成熟を待つ判断がAIでも成立する条件と、先行・後発企業の学習速度、地域差の可能性を考えます。
「6割」という数字に引っかかった
先日、キーマンズネットの「中小企業の59.0%がAI導入予定なし」という記事を目にしました。
元になったラグザスの「企業のAI活用格差調査」を見ると、従業員1~300人の中小企業では、「導入の予定はない・必要性を感じない」と回答した割合が59.0%でした。
一方、地域別では、東京都・大阪府・名古屋市で「複数部署・業務で積極的に活用している」が24.1%だったのに対し、「その他の地方・地域」では6.0%。「導入の予定はない・必要性を感じない」は、「その他の地方・地域」で62.0%となっています。
ここは注意が必要です。
59.0%は「中小企業」という企業規模別の数字であり、62.0%は「その他の地方・地域」という地域別の数字です。したがって、「地方の中小企業の62%」という意味ではありません。
また、この調査は全国のビジネスパーソン3,000人を対象とした民間調査です。調査を公表した会社自身が企業向け生成AI導入・活用支援事業を展開していることも含め、数字の背景は見ておく必要があります。
一つの調査だけで日本企業全体を論じるべきではありません。
それでも、私は「6割」という数字に引っかかりました。まだ使っていない企業が多いことではなく、具体的に導入する予定がない企業が、これほど多いことが気になったのです。
そこで、ほかの資料も確認してみました。
公的調査でも、小規模企業の「具体的な予定なし」は6割を超える
IPA(情報処理推進機構)の「DX動向2026」では、生成AIを含むAIについて、従業員100人以下の企業で「導入している」が16.6%、「現在、試験利用している」が10.5%でした。両者を合わせると27.1%です。
一方、「関心はあるがまだ特に予定はない」は34.6%、「今後も取り組む予定はない」は28.5%で、合わせると63.1%になります。
ラグザスの59.0%とIPAの63.1%は、調査対象も企業規模の区分も設問も違います。片方は従業員1~300人、もう片方は100人以下であり、回答者と企業の捉え方も同じではありません。二つの数字を横に並べて、「同じ調査でも約6割だった」と単純比較することはできません。
それでも、別の調査でも、小規模な企業の相当な割合がAIについて具体的な導入行動まで移していないことは読み取れます。
私が驚いたのは、「まだ使っていない企業が多い」ことではありません。
「関心はあっても具体的な予定がない」「今後も取り組む予定がない」という企業が、合わせて6割を超えていることです。
最大の壁は「お金」ではなかった
2026年版中小企業白書・小規模企業白書の概要にも、興味深いデータがあります。
同白書では、2019年以降の省力化投資におけるAI活用について、「取り組んだ」とする企業が30.3%、「取り組んでいない」が69.7%でした。
これは純粋な「現在の生成AI導入率」ではありません。2019年以降の省力化投資におけるAI活用を尋ねたものなので、先ほどの調査とは質問の範囲が違います。
そのうえで、AI活用に取り組んでいない企業3,888社へ理由を聞いた結果を見ると、最も多かったのは「活用する業務がイメージできていない」の63.4%でした。
続いて、「活用を推進する人材が不足している」40.0%、「社内ルール・ガイドラインが整備されていない」26.2%、「セキュリティ・情報漏えいへの不安がある」14.5%でした。
「必要な予算を確保できない」は13.8%にとどまっています。
少なくともこの調査を見る限り、最大の壁は費用ではありません。
「何に使えばよいのか分からない」ことです。
使い道が分からないから使わない。しかし、実際に使わなければ、自分たちの仕事で何が変わるのかもイメージしにくい。ここには少し厄介な循環があります。
CADやUAVでは「待つ」という選択が合理的だった
仕事関係の方とAIについて話していたとき、CADやUAV(無人航空機、いわゆるドローン)が普及した頃の話になりました。
新しい技術が登場した直後は、機器もソフトウェアも高価です。性能も十分ではなく、導入してもすぐに投資を回収できるとは限りません。
そういう技術に対して、中小企業が無理に先行投資せず、価格が下がり、技術が成熟してから導入する。これは十分合理的な経営判断だったと思います。
CADもUAVも、成熟してから機器やソフトウェアを購入し、操作方法を習得すれば、先行企業との差を比較的短期間で縮められました。
つまり、**「今は高いから待つ」**という戦略が成立しました。
では、AIも同じなのでしょうか。
私は、ここに少し違いがあるのではないかと感じています。
AIは「設備を買う」という話ではない
現在の生成AIは、少なくとも入口だけを見れば、大型設備を購入するような投資ではありません。比較的低額な月額サービスから始められますし、会社全体で導入せず、まず数人で試すこともできます。使えなければやめることもできます。
もちろん、本格的なシステム連携や独自開発まで行えば、相応の費用も専門人材も必要になります。しかし、「自社の仕事に使えるかどうかを試してみる」という段階のハードルは、CADやUAVの導入初期とはかなり違います。
しかも、AIを業務で使い始めると、必要になるのは操作方法だけではありません。
- どの仕事に使えるのか
- どこまでAIに任せるのか
- どこから人間が確認するのか
- 何を入力してよく、何を入力してはいけないのか
- AIが間違ったとき、どう気付くのか
- 社員による使い方の差をどうするのか
- AIを前提として仕事の手順をどう変えるのか
こうしたものは、製品を購入した瞬間に手に入るものではありません。実際に使い、失敗し、修正する中で会社側に蓄積されていきます。
この「使ってきた時間そのものが経験になる」という点は、以前の「AIを使っていないことより、変化を知らないことの方が怖い」でも書きました。今回は同じ説明を繰り返すのではなく、その先を考えたいと思います。
企業がAIへの対応を考えている間にも、AIそのものは進歩しています。そして、先に使い始めた企業も、その場で止まっているわけではありません。
人手不足なのに「AI人材がいないから使えない」
2026年版中小企業白書は、現在の日本を「労働供給制約社会」の到来という言葉で表現しています。
人が足りない。若い人が減る。採用できない。賃金を上げなければならない。それでも仕事はなくならない。そのような状況です。
だから私は、「AIを扱える人材がいないからAIを導入できない」という話には少し違和感を持っています。
高度なAIシステムを自社開発するのであれば、当然、専門人材が必要です。しかし、文章作成、情報整理、調査、資料作成、要約、アイデア出しなど、現在の生成AIでできることのすべてにプログラマーが必要なわけではありません。
人がいないからAIを使えないのではなく、人がいないからこそAIに補ってもらう。
そういう発想も必要なのではないでしょうか。
帝国データバンクが2026年3月に実施した調査では、生成AIを業務で「活用している」企業は34.5%でした。中小企業では32.4%、小規模企業では28.0%です。そして活用企業の86.7%が、何らかの「業務への効果が出ている」と回答しています。
一方で18.8%は、「AIを使いこなせる社員と使いこなせない社員の間で、能力や成果の格差が拡大した」と回答しています。
もう一つ、人手不足との関係で気になることがあります。
今後、社員個人の側では、AIを使うことが当たり前になっていく可能性があります。そのとき、本人は「AIを使えば短時間でできる」と分かっている仕事を、会社の方針によって従来の方法だけで続けなければならない状況も起こり得ます。
それが直ちに離職へつながるとまでは言えません。
しかし、人手不足が続く中で、**「仕事を効率化できる道具があるのに使えない職場」**が社員や求職者からどう見えるのかは、経営として考えておく必要があると思います。
AI導入の判断は、単に一つの業務を何分短縮できるかという話だけではありません。生産性、残業、仕事の負担感、職場の魅力、採用、定着、そして人員確保まで、間接的に影響する可能性があります。
特に中小企業では、AIを会社として使うかどうかは経営層の判断に左右されやすいものです。もし経営層がAIの変化を十分に理解しないまま「まだ必要ない」と判断し続けた場合、その影響はAI導入の遅れだけでなく、人材面の競争力にも表れる可能性があります。
AIを入れれば、すべて解決するわけではありません。誤回答、情報管理、確認負担、依存、人材育成など、導入した後に新しい課題も生まれます。
それでも、この数字を見ると、論点は少しずつ、「AIを導入するか」から「人が最終判断する前提で、AIをどう使いこなすか」へ移り始めているようにも見えます。
働く時間は減る。しかし、必要な経験まで減るわけではない
人手不足と同時に考えなければならないのが、働き方の変化です。
昔の長時間労働が正しかった、という話ではありません。しかし、かつては長い時間仕事に接する中で、結果として大量の経験を積んだ世代がいます。
先輩の仕事を見る。失敗する。やり直す。現場を見る。顧客と話す。その繰り返しの中で、教科書には書かれていない判断力や勘所を身につけてきました。
現在は働き方改革が進み、労働時間を適切に管理しながら社員を育成しなければなりません。これは当然必要なことです。
しかし、労働時間が短くなったからといって、一人前になるために必要な経験や判断まで自動的に少なくなるわけではありません。
しかも、その経験や判断力を持ったベテラン社員が高齢化し、退職していきます。少子化によって若手社員そのものも減ります。従来の「先輩について何年も仕事をしていれば、そのうち覚える」という方法だけでは難しくなっていきます。
AIがここでどの程度役に立つのかは、まだ分かりません。
使い方を誤れば、若手がAIに答えを求めるだけになり、自分で考える機会を失う危険もあります。一方で、調査、整理、比較などをAIに補助させ、人間が判断や検討へより多くの時間を使えるのであれば、限られた労働時間の中で経験の密度を上げられる可能性もあります。
重要なのは、AIを使うか使わないかではなく、人間が何を考え、AIに何をさせるのかなのだと思います。
「AIの進歩速度」と「企業の適応速度」という二つの時計
現在約6割ある「具体的な導入行動に入っていない企業」は、おそらく今後減っていくでしょう。
仮に、あくまで例として、現在6割あるものが3年後には3割、5年後には1割になったとします。企業へのAI普及だけを見れば、かなり速い変化です。
しかし問題は、その5年間にAIそのものがどこまで進歩するのかです。
ここには二つの時計があります。
一つは、企業がAIへ適応する時計です。
AIを知る。試す。社員が使う。ルールを作る。業務へ組み込む。仕事の手順を変える。会社全体に定着させる。これはどうしても時間がかかります。
もう一つは、AIそのものが進歩する時計です。
モデルの性能が上がる。文章だけでなく画像、音声、動画なども扱う。推論能力が上がる。外部のシステムと連携する。複数の作業を連続して実行するAIエージェントが発達する。利用する側の操作そのものも簡単になっていく。
こちらは、企業の組織や仕事の手順を変える時間とは異なる速さで動いています。
政府も、2026年7月14日に閣議決定した人工知能基本計画で、世界的なAIの急速な発展を踏まえ、中堅・中小企業へのAI導入や、AIを活用した地域課題解決への支援を掲げています。
つまり問題は、「6割がいつ3割になるか」だけではありません。
その間にAIが何段階先へ進むのか。企業がAIへ適応する時計と、AIそのものが進歩する時計の両方を見なければならないと思います。
「待てば追いつける」が成立する条件
CADやUAVのように、**「技術が成熟してから導入しても追いつける」**という考え方がAIでも成立するためには、何が必要なのでしょうか。
後発企業には、いわゆる後発者の利益があります。
後から始めれば、より高性能で使いやすいAIを利用できます。先行企業の成功例や失敗例を参考にできます。教育方法や社内ルールも整備されているでしょう。将来は、AIそのものが導入や教育を手伝い、以前より短い期間で使い方を習得できるかもしれません。
したがって、後発企業が短期間で経験差を縮める可能性は十分にあります。
だから、**「早く始めなければ、もう絶対に追いつけない」**と言いたいわけではありません。
今回、私が新しく気になったのは、速度の比較です。
後発企業が経験差を縮めていく速度が、先行企業がさらに学習していく速度を上回れば、差はいずれ縮まります。
後発企業が経験差を埋める速度 > 先行企業の学習速度
この状態なら、「後から始めても追いつける」という考え方は成立します。
しかし逆に、
先行企業の学習速度 > 後発企業が経験差を埋める速度
という状態が続けばどうなるでしょうか。
後発企業もAIを導入している。社員も勉強している。業務改善もしている。それでも、その間に先行企業も新しい機能を試し、社内の事例を増やし、仕事の手順を変え続けているため、差が縮まりません。
場合によっては、後発企業も前進しているのに、相対的な差は広がることさえ考えられます。
どちらになるのかは、現時点では分かりません。
AIそのものが急速に使いやすくなり、後発企業が一気に追いつく可能性も十分にあります。先行企業が試行錯誤へ時間を使った一方、後発企業は成熟した製品と整理された事例を使い、短期間で同じ段階へ進めるかもしれません。
反対に、AIが進歩するほど使い方の幅が広がり、先行企業がそれを継続的に業務へ取り込むことで、差が残り続ける可能性もあります。
これは、2026年時点では結論を出せない仮説です。
ただ、**「後から最新のAIを導入すれば追いつける」**と考えるのであれば、後発企業がどれだけ速く学べるかだけでなく、その間に先行企業がどれだけ速く学び続けるのかまで考える必要があります。
追いつく相手は、止まって待っているわけではありません。
企業の差が、地域の差になる可能性
さらに気になるのが地域です。
地方ほど人を採用することが難しく、若い人口も減っています。だから本来なら、少ない人数で仕事を回すための技術の価値は、地方ほど高いはずです。
ところがラグザスの調査では、「その他の地方・地域」で「導入の予定はない・必要性を感じない」が62.0%でした。
ただし、先に書いたとおり、これは地域別の集計であって「地方の中小企業」を直接集計した数字ではありません。地域差については調査によって結果に幅もあります。「地方企業はすべてAI活用に遅れている」と一般化することはできません。
それでも、もしAIへの適応速度に企業間・地域間で差が生まれ、それが数年間積み重なれば、同じ人数で処理できる仕事量、利益率、賃金を上げられる余力、採用力、社員教育、新しい仕事への対応力といったところに、少しずつ差が出る可能性があります。
そして、企業のAI適応力の差が企業競争力の差となり、最終的に地域経済の差として現れる。
そういう可能性も考えておく必要があるのではないでしょうか。
これも現時点では仮説です。だからこそ、数年後に検証してみたいと思っています。
試して初めて、用途が見えることもある
私自身、この技術ノートを書くときも、最初から記事を作るつもりでAIとの会話を始めるとは限りません。今回も「中小企業の59%がAI導入予定なし」という記事への疑問から、CADやUAV、学習速度の話へ広がりました。
そのように考えたことが文章として残ると、単なる時間短縮とは違う効果を感じます。以前なら頭の中や会話だけで終わっていた検討を、後から読み返せるようになるからです。
この発信の経緯は、「技術ノートのネタが尽きない理由」で詳しく書きました。
中小企業白書の「活用する業務がイメージできていない」という回答も、私はここに重ねて考えています。契約前にすべての用途を想像するのは難しくても、小さな試行を通して、自分の仕事に合う使い方を発見できるかもしれません。
3年後、5年後に、この「6割」をどう見るのか
AIを使わない企業が必ず淘汰される、などと言うつもりはありません。業種によって影響の大きさも違います。AIを導入して失敗する会社もあるでしょう。
誤回答、情報漏えい、著作権、依存、人材育成など、解決しなければならない問題も多く、慎重さは必要です。また、AIの将来を正確に予測できる人はいません。現在の進歩速度がそのまま続く保証もなく、AIへの期待が過大だったと後から評価される可能性もあります。
だから私は、「今すぐすべての企業がAIを導入すべきだ」と言いたいわけではありません。
ただ、「理解したうえで今は使わない」という判断と、「よく分からないから検討しない」という状態は違います。
そして、仮に現在の「6割」が急速に減ったとしても、それだけで問題が解決するとは限りません。
企業がAIへ適応する速度と、AIそのものが進歩する速度は同じではありません。後発企業が経験差を埋めようとしている間にも、先行企業は学習を続けています。
2026年現在、小規模な企業の約6割が、まだAIについて具体的な導入行動に入っていないという調査結果があります。
3年後、この数字はどうなっているのでしょうか。5年後はどうでしょうか。その間にAIはどこまで進んでいるのでしょうか。
そして、先に使い始めた企業と後から始めた企業の差は、縮まっているのでしょうか。それとも広がっているのでしょうか。
私は将来を予測できるわけではありません。
だからこそ、2026年の今、自分が何を見て、何を感じ、どう考えたのかを記録として残しておきたいと思います。
数年後にこの文章を読み返したとき、「考え過ぎだったな」と笑っているかもしれません。あるいは、「この頃は、まだ6割もの企業が具体的な導入予定を持っていなかったのか」と驚いているかもしれません。
結果は分かりません。
ただ、今の時点で一つだけ強く感じていることがあります。
AIでは、待てば道具は良くなる。
しかし、待っていた時間そのものは取り戻せない。
そしてこれから企業に問われるのは、AIを一度導入したかどうかではなく、進歩し続けるAIに合わせて、自分たち自身も学び、変わり続けられるかどうかなのではないでしょうか。
関連記事:AIを使っていないことより、変化を知らないことの方が怖い
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※本稿は2026年8月時点で公表されている資料を基に、筆者自身の経験とAIとの対話を通して考えた内容を記録したものです。将来のAI技術や企業行動を断定的に予測するものではありません。