AIを浸透させようとすると、評価制度の問題まで見えてきた
これまで、会社でAIをどう使うか、その活用段階をどう上げるか、そしてAIやデジタル技術を使って仕事を変えられる人をどう育てるかを考えてきた。
そこで、もう一つ気になることが出てきた。
実際に仕事を変えた人を、会社はどう評価するのか。
AIを導入し、社員が使い始める。その中から、AIやVBA、GAS、Pythonなどを使って業務を改善する人が出てくる。
しかし、そこまで進んでも評価や還元の仕組みが従来のままであれば、AIは思ったほど会社へ浸透しない可能性がある。
人事制度について詳しいわけではない。ただ、AIを実務へ入れていく側から考えても、ここは避けて通れない問題のように感じている。
効率化した社員は、本当に得をするのか
例えば、毎月10時間かかっていた作業がある。
ある社員がAIを使いながら小さなツールを作り、2時間で終わるようにした。毎月8時間、年間なら約100時間の削減になる。会社にとっては明らかな改善である。
しかし、本人から見るとどうだろう。
仕事が早く終わる
↓
残業が減る
↓
空いた時間に別の仕事が入る
↓
給与も評価も特に変わらない
こうなると、会社は得をしたが、改善した本人にはメリットがないということにもなりかねない。
残業代が収入の一部になっている社員なら、効率化によって本人の収入が減る場合もある。経営側が「AIを使って生産性を上げてほしい」と考えても、社員側には「生産性を上げると自分の収入が減る」と映る可能性がある。
効率化した人が損をする仕組みのままでは、AIは会社へ深く浸透しにくい。
「長く働いた人」を評価する感覚との相性
もちろん、残業自体が悪いわけではない。仕事量や急な対応によって必要になることもある。
ただし、「残業が多い人=頑張っている人」という感覚が人事評価にまで入り込んでいると、AIによる生産性向上とは相性が悪い。
残業した時間については、すでに残業代という対価が支払われている。そのうえで評価するのであれば、見るべきなのは次のようなことではないだろうか。
- 何を達成したのか
- 仕事の品質はどうだったのか
- どれだけミスや手戻りを防いだのか
- 周囲の仕事まで良くしたのか
- 会社に再利用できる仕組みを残したのか
同じ仕事を10時間かけて終わらせた人と、仕組みを改善して5時間で終わらせた人がいる。そこで前者を「遅くまで頑張っている」と高く評価すれば、会社は社員へ、効率化するより時間をかけた方が評価されるという逆のメッセージを出すことになる。
AIを浸透させたいのであれば、社員へ使い方を求めるだけでなく、経営側も評価の感覚を見直す必要があるのかもしれない。
AIを使った回数を評価するのも違う
では、人事評価に「AI活用」を入れ、AIをたくさん使った社員を評価すればよいのか。これも違うと思う。
ChatGPTを何回使ったか。Geminiへ何回質問したか。AIで何件の文章を作ったか。
こうした数字をKPIにすれば利用率は上がるかもしれない。しかし、それで仕事が良くなったとは限らない。APIなら、利用するほどコストも発生する。
AIを500回使って仕事がほとんど変わらなかった人と、50回しか使わなくても一つの仕組みを作り、年間数百時間の作業を減らした人では、見るべきものが違う。
場合によっては、「この仕事はAIを使わず、Excel関数で処理した方が速くて安い」という判断も正しい。
AIを何回使ったか
ではなく
仕事がどう変わったか
評価するとすれば、AIの利用量ではなく、そこから生まれた仕事の変化だと思う。
仕事の変化を、どう見ればよいのか
ここで難しいのが、業務改善の成果をどのように測るかである。
年間100時間を削減した。入力ミスを減らした。重大な手戻りを防げる仕組みを作った。一人しかできなかった作業を誰でもできるようにした。部署全体で再利用できる土台を作った。
どれも価値はあるが、同じ物差しでは測れない。
単純な時間削減は計算しやすい。しかし、削減時間が少なくても重大なミスを防げるなら価値は大きい。一人の作業を10時間減らす改善と、一人当たり10分でも100人が毎日使う改善でも意味が違う。
現時点では、少なくとも次の三つに分けて見ると整理しやすいように思う。
| 見るもの | 具体例 |
|---|---|
| 改善への貢献 | 課題発見、方法の提案、実装、現場検証、横展開 |
| 生まれた成果 | 時間削減、品質向上、ミス防止、再利用性、波及範囲 |
| 会社からの還元 | 評価、役割、改善時間の確保、賞与、手当、利益還元 |
成果だけでなく、改善へ投入した時間や費用を見るROIの視点も必要になる。
ただし、すべてを金額換算して精密な点数表を作れば解決するとも思えない。評価を細かくしすぎれば、今度は評価するための仕事が増えてしまう。
職種によって、貢献の形は違う
設計者や事務職のように一日の多くをPCの前で過ごす人は、AIを試したり、小さなツールを作ったりする機会を比較的持ちやすい。
一方で、営業担当者は顧客と話し、移動する。測量担当者は現場へ出る時間が長い。管理職は部下の管理、判断、調整、承認などに時間を使う。
こうした人たちへ一律に「AIでツールを作った人を高く評価する」という制度を当てはめれば、最初から条件が公平ではない。
見るべきなのは、全員が同じAI行動をしたかではなく、それぞれの職務の中で仕事を良くすることへどう貢献したかである。
営業担当者なら、顧客との会話から改善テーマを持ち帰ることができる。測量担当者なら、現場と事務所で同じデータを再入力している問題に最初に気付くかもしれない。管理職なら、部下が改善へ取り組む時間を確保し、部署を越えた調整を行い、改善案を実行すると判断する役割がある。
貢献の形は一つではない。
改善は「作った人」だけの成果ではない
例えば、測量担当者が「現場から戻って、このデータをもう一度入力するのが面倒だ」と気付いたとする。
本人にツールを作る時間や技術がなくても、その話を聞いた別の社員が仕組みを考え、AIを使って試作品を作る。測量担当者が現場で試し、問題点を返す。改良した後、別の社員が社内へ広げる。
課題を発見する
↓
方法を考える
↓
仕組みを実装する
↓
現場で検証する
↓
社内へ広げる
この改善には、全員に違う種類の貢献がある。
業務改善は、一人の「AIに詳しい人」がすべて行うものではない。最終成果だけを実装者へ帰属させず、改善が生まれるまでの複数の役割を見る必要があるのだと思う。
導入、浸透、成果還元の間には距離がある
外部の調査を見ても、AIを導入しただけでは仕事の変革まで進まないことが分かる。
デロイト トーマツが2025年に、プライム市場上場企業のうち売上1,000億円以上の企業を対象に実施した調査では、95.6%が生成AIを導入し、47%が全社導入まで進んでいた。一方、「ほとんどの社員が利用している」とした回答は18.5%だった。
McKinseyが2025年に公表した米国企業を中心とする調査でも、ほぼすべての企業がAIへ投資する一方、AIがワークフローへ統合され、大きな事業成果を生む「成熟」段階にあるとした経営層は1%だった。同調査は、導入拡大の大きな壁を社員の準備不足よりもリーダー側の変革にあるとしている。
PwC Japanが2026年6月に公表した6カ国比較では、日本企業の生成AI活用・推進度は87%だったが、「期待を大きく上回る効果」を出している企業は9%だった。また、生成AIの効果を従業員への利益還元や顧客への価格還元などへつなげている割合は、日本40%、米国75%、英国74%だった。
PwCの調査は人事評価そのものを調べたものではない。それでも、競争軸が「導入」から「効果創出」、さらに「成果還元」へ移っているという整理は、今回考えている問題と重なる。
AIを導入する
↓
仕事を変える
↓
成果を生む
↓
働く人や顧客へ返す
↓
次の改善につながる
HondaはAI人材を認定し、報酬でも応えている
具体的な制度として興味深いのがHondaの「Gen-AIエキスパート制度」である。
Hondaは2024年6月、生成AIに関する高い知識・技術・経験を持ち、自らシステム構築までできる社員を社内で発掘・認定する制度を始めた。認定は3段階で、プロジェクト従事期間にはレベルに応じて最大月15万円のエキスパート加算を支給している。
社内ITコミュニティ「Borders」とこの制度を組み合わせ、社内に点在していたAI人材を見える化し、組織を越えて活用する。開始から1年で50件以上の生成AIプロジェクトを支援し、開発、品質、生産、営業、人事などへ広がったという。
これは高度な専門人材を対象とした大企業の制度であり、そのまま中小企業が真似できるものではない。
ただし、専門業務とAIの両方を理解する人材を組織の中で見つけ、実際に価値を生んだ人へ報酬でも応えるという考え方は参考になる。
小規模な会社では、会社全体の成果として返す方法もある
当社は小規模な会社で、社員との距離も近い。そのため、誰がどの仕事をし、どの改善に関わったのかは比較的見えやすい。
また、会社規模を大きくすることよりも、少人数でも高い生産性と付加価値を持つ、高密度で高利益率の会社を目指している。
AIや業務改善によって生まれた時間も、単に仕事量を増やすためだけではなく、品質向上、新しい取り組み、より価値の高い仕事へ振り向けることに意味があると考えている。
当社では、会社として利益を確保できた場合、その利益額に応じて決算手当という形で社員へ還元することも行ってきた。当然、利益が少なければ手当は小さくなり、赤字なら支給されない。
そのため、AIによる改善だけを切り出して細かな点数制度を作るより、
改善によって会社全体の生産性と利益率を高め、その成果を社員にも還元する。
という考え方の方が、今の規模には合っているように感じている。
一方、社員数が増え、営業、測量、設計、管理職などの役割が分かれるほど、誰がどの改善へ貢献したのかは見えにくくなる。その段階では、より明確な評価や還元の仕組みが必要になるだろう。
会社の規模や業態によって制度の形は違ってよい。共通して見るべきなのは、
AIや業務改善によって会社に生まれた価値と、それに貢献した社員への評価・還元が大きく乖離していないか。
ということなのかもしれない。
AIの話をしていたら、評価制度まで来てしまった
最初はAIツールの話だった。
何ができるのか。どう使うのか。そこから、実務で仕事をどう変えるかという話になり、その仕事を変えられる人をどう育てるかという話になった。
さらにその先を考えると、そういう人たちを会社がどう評価し、成果をどう還元するのかという問題へ行き着く。
人事制度の正解を示せるわけではない。しかし、AIを本当に会社へ浸透させたいのであれば、ツールを導入し、研修するだけでは足りないのだと思う。
AIによって会社が得ようとしているものと、AIを使って仕事を変える社員が得られるもの。そこが大きく乖離すれば、制度の方からAI活用を止めてしまう可能性がある。
仕事そのものを良くし、その成果を会社と働く人の双方へ返していく。
その循環をどう作るのか。今のところ、私にも正解は見えていない。
ただ、効率化した人が損をする仕組みのままでは、AIは会社へ深く浸透しにくい。少なくとも、そこから考え始める必要はありそうだ。