経営者の頭の中を会社に残せるか――AI時代の「判断の継承」を考える
中小企業では、経営者の判断理由が文書に残らないことがあります。会話や記録から過去の判断を探し、次の経営に生かす「判断の継承」について、Creerの視点から考えます。
経営者の頭の中を会社に残せるか
――AI時代の「判断の継承」を考える
小さな会社では、経営者の頭の中に多くの情報が集まります。
設備投資の考え方。仕事の優先順位。社員へ伝えてきたこと。新しい技術を導入するタイミング。過去にうまくいかなかった理由。
こうした情報は、日々の経営判断に使われています。
会社には、契約書や見積書、図面、議事録、会計データなど、さまざまな記録が残ります。
一方で、意外と残らないものがあります。
なぜ、その判断をしたのか。
という部分です。
結論は記録されていても、当時どのような条件を見て、何を優先し、どこに迷ったのかまでは残っていないことがあります。
AIを使って会社の知識を活用できるようになった今、私たちは「判断の背景」も会社に残せないかと考えています。
手順書だけでは残せないものがある
会社の知識を残すと聞いて、最初に思い浮かぶのはマニュアルや手順書かもしれません。
もちろん、それらは重要です。
しかし、経営判断まで手順書だけで残すのは難しいと思っています。経営の判断は、一つの条件だけでは決まらないからです。
例えば、一台の業務用PCを更新するときにも、価格や性能だけを見て決めるわけではありません。
- 現在の業務を止めずに移行できるか
- 日常的に使う業務ソフトへ対応できるか
- 将来のAI活用などにも耐えられるか
- 導入やデータ移行にどの程度の負担があるか
- 費用と想定使用期間のバランスは適切か
このような条件を同時に見ながら判断することがあります。
単に「安い方を選ぶ」「性能が高い方を選ぶ」という一つの基準だけでは決まりません。
当社でも、PC更新を単なる備品の買い替えではなく、現在の業務を安定して続けることと、将来の業務環境へ備えることの両面から考えました。
経営判断として残したいのは、購入した機種や金額だけではありません。
そのとき、何を重く見て判断したのか。
そこに、次の判断にも使える知識があると思っています。
結論だけでは、次の判断に使いにくい
仮に、「このPCを購入した」という記録だけが残っていたとします。
数年後に同じような更新が必要になっても、それだけでは十分な参考になりません。
なぜ、その時期に更新したのか。なぜ、その性能を選んだのか。どのようなリスクを考えたのか。何を将来への備えとして見ていたのか。
そこまで残っていれば、次回の判断材料になります。
当時の条件と理由が分かれば、「今回は同じ条件なのか」「前回から何が変わったのか」を比較できます。
会社に残したいのは、単なる決裁や購入の履歴ではありません。
判断の背景を含んだ履歴です。
判断理由は、日常の会話に含まれている
では、判断の背景をどのように残すのか。
経営者が毎日、自分の判断理由を文書にまとめる方法もありますが、長く続けるのは簡単ではありません。
一方で、日常の会話には判断理由がかなり含まれています。
社内での打ち合わせ。誰かへ方針を説明したときの言葉。専門家へ相談するために論点を整理した過程。AIとの壁打ち。
こうしたやり取りの中では、
「ここが気になる」
「今は、こちらを先に整えた方がよい」
「この支出は、業務を安定して続けるために必要だ」
「以前とは条件が変わっている」
といった思考が自然に言葉になります。
当社でも、こうした会話やAIとのやり取りから、今後も参照する価値があるものを必要に応じて記録しています。
目的は、会話をすべて保存することではありません。
残したいのは、
- 何を優先したのか
- どのようなリスクを考えたのか
- 何がまだ確認できていなかったのか
- なぜ、そのタイミングで判断したのか
- どのような条件なら判断が変わるのか
といった部分です。
何でも保存すればよいわけではない
判断の背景を残すといっても、すべての会話や情報を無条件に保存すればよいわけではありません。
個人に関する情報や、取引上の機密情報が含まれることもあります。記録する目的、保存する範囲、参照できる人を整理する必要があります。
また、会話には事実だけでなく、途中段階の仮説や未確認の情報も含まれます。
そのため、
- 確定した事実なのか
- 検討途中の考えなのか
- 後から見直す必要があるのか
が分かるように扱うことも大切です。
記録の量を増やすことより、必要な情報を適切な形で残すことの方が重要です。
未来の自分が、過去の自分に聞ける状態をつくる
判断の記録は、社員や後継者のためだけのものではありません。
経営者自身も、過去に考えたことをすべて覚えているわけではないからです。
経営、技術、社員教育、IT、財務、顧客対応など、日々さまざまなことを考えていると、数か月前に似た問題について何を考え、どこまで整理したのかを思い出せないことがあります。
その結果、一度かなり検討したことを、もう一度最初から考え直すことになります。
経営の記録を残す目的は、文書を増やすことではありません。
必要なときに、過去の判断へ戻れるようにすることです。
当時の条件、迷った点、判断理由、その後の結果を短時間で確認できれば、以前の検討を踏まえたところから、今回の判断を始められます。
言い換えると、
未来の自分が、過去の自分に聞ける状態をつくる。
ということです。
AIは「過去の自分を探す」補助役になれる
記録が数十件であれば、人間でも探せるかもしれません。
しかし、数百件、数千件と増えていけば、どこに何が記録されているのかを覚えておくことは難しくなります。
そこで、AIが役に立つ可能性があります。
例えば、
「以前、設備投資について似た検討をしていなかったか」
「新しい技術を導入するとき、どのような点を確認していたか」
「過去の判断と今回では、何が変わっているか」
と尋ねる。
AIが記録の中から関連する情報を探し、当時の条件や論点を整理する。
AIに経営判断そのものを任せるのではありません。
経営者が過去に何を考えていたのかを探し、比較しやすくする補助役として使う。
それが、現実的な役割だと考えています。
一度考えたことを、会社でも再利用できるようにする
過去の基本的な考え方を会社の中で参照できるようになれば、同じ説明や確認を何度も繰り返す必要が減っていきます。
以前に決めた基本方針。繰り返し伝えてきた注意点。過去の判断で重視した条件。
こうした情報を先に確認し、それでも今回だけは新しい判断が必要だという部分を整理する。
そうすれば、経営者は、過去の説明を再現することよりも、今回新たに考えるべきことへ時間を使えます。
目指しているのは、経営者の思考を止めることではありません。
すでに何度も考えたことを、毎回ゼロから再処理しなくてよい状態をつくることです。
経営者の時間も、会社にとって限られた資源です。
その時間を、新しい技術の検討、会社の将来、社員との対話、より高度な判断へ使えるようにすることには、大きな意味があります。
過去の判断をルールにしすぎない
ただし、過去の判断を残したからといって、それを今回の答えとしてそのまま使えるわけではありません。
会社の状況は変わります。技術も変わります。人も成長します。社会や事業環境も変わります。
過去の判断が、常に正しかったとも限りません。
だから重要なのは、
「前はこうしたから、今回もこうする」
ではなく、
「前は、この条件だったからこう考えた」
と確認することです。
過去の記録は、固定されたルールではありません。今回の判断を考えるための材料です。
AIが過去の事例を示した場合も、その内容が現在の状況に合っているかを人間が確認する必要があります。
経営者の代わりをつくることが目的ではない
多くの判断記録をAIが参照できるようになったとしても、経営者そのものを再現できるわけではありません。
経営には責任があります。数字だけでは表せない事情があります。その場でなければ分からない状況もあります。
最終的な判断をし、その責任を負うのは人間です。
経営者の頭の中を会社に残す目的は、経営者の代わりをつくることではありません。
経営者しか知らなかった判断の背景を、会社の側にも少しずつ残すこと。
そして、
経営者が、同じことを何度も最初から考え直さなくてよい会社をつくること。
そこに意味があるのだと思っています。
属人化の中にある価値を残す
中小企業では、属人化が問題として語られることがあります。
確かに、一人しか知らない仕事が多すぎる状態にはリスクがあります。
一方で、属人化の中には価値もあります。
経験。技術的な勘所。失敗から得た学び。人へ伝えるときの工夫。何を優先してきたか。
こうしたものを、すべて手順書へ置き換えることはできません。
だから、属人化を完全になくすことだけを目指すのではなく、
属人化の中にある価値を、次の人が参照できる形にする。
その方が、現実的なのではないかと思っています。
判断の履歴も、会社の資産になる
会社の資産というと、設備、技術、人材などを考えます。
しかし、
この会社では、何を大切にし、どのように考えて判断してきたのか。
という履歴も、一つの資産になるのかもしれません。
会社が続くほど、判断の蓄積は増えていきます。
それを経営者一人の頭の中だけに置いておくのか。少しずつ、会社でも参照できる知識へ変えていくのか。
AIが多くの文章や会話から必要な情報を探せるようになったことで、後者は以前より現実的になってきました。
経営者の頭の中を、完全に会社へ移すことはできません。
それでも、判断の背景を残し、必要なときに取り出せる状態はつくれます。
その積み重ねによって、未来の自分や会社の仲間が、過去の判断を毎回ゼロから考え直さずに済むようになる。
それだけでも、会社にとって大きな意味があると考えています。
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