2,000ページ超の積算基準書をChatGPTに直接渡したら、RAGの前提が揺らいだ
2,000ページを超える積算基準書をChatGPTへ直接渡し、約16項目を2分30秒で照合。条件不足と根拠ページまで示せた実測から、巨大PDF検索とRAGの使い分けを考えます。
少し前まで、2,000ページを超える技術資料をAIで扱うなら、文書を分割してRAGを組むのが現実的だと思っていました。
RAGとは、質問に関係する箇所を資料から検索し、その内容をAIへ渡して回答させる仕組みです。大量の資料を扱う方法として、私もかなり自然な選択肢だと考えていました。
ところが今回、令和7年度版『土木工事標準積算基準書(共通編、河川・道路編)』をChatGPTへそのまま渡して試したところ、その前提を一度見直した方がよいと思う結果になりました。
PDFは2,000ページ超。複数工種を含む約16項目について、作業日当り標準作業量の検索、条件不足の判定、基準書下部のページ番号の提示まで、約2分30秒でした。
元々の問題は、結合セルを含む表だった
今回の出発点は、「AIは表形式の条件選定が苦手なのではないか」という疑問でした。
積算基準書では、表に書かれた数字を読むだけでは足りません。土質、施工方法、障害の有無、施工数量などを順にたどり、該当する区分を選ぶ必要があります。
特に難しいのが、縦方向に結合されたセルです。人間はセルの位置と結合範囲から、どの親条件がどこまで有効かを自然に追っています。
例えば図1では、「10,000m³以上50,000m³未満」という同じ数量区分に、350m³/日と230m³/日があります。違いは障害の有無です。
ところがPDFを単純にテキスト化すると、
10,000m³以上50,000m³未満 350m³/日
10,000m³以上50,000m³未満 230m³/日
という文字列だけが残り、どちらが「障害無し」に属するのか分からなくなることがあります。
つまり問題は、数字をOCRできるかではありません。セルの位置、結合範囲、上位条件との関係を保てるかです。単純なテキスト化やチャンク分割を前提としたRAGでは、この構造が失われるリスクがあります。
本当に難しいのは、その表までたどり着くこと
表のスクリーンショットだけをAIへ渡せば、現在のAIはかなり正確に読めます。
しかし、実務ではそれだけでは足りません。スクリーンショットを作るためには、人間が先に2,000ページを超える資料の中から目的のページを探さなければならないからです。
該当ページを見つけ、表を切り出すところまで人間が行うなら、その場で表を読んだ方が早いこともあります。
実務で期待したいのは、次の一連の処理です。
巨大PDFを渡す
↓
設計条件を指定する
↓
必要な表を探す
↓
条件を照合する
↓
数値または条件不足を返す
↓
原典へ戻れるページ番号を示す
そこで今回は、該当ページや表のスクリーンショットを先に示さず、積算基準書全体をChatGPTへ直接渡して検証しました。
最初の1項目で、勝手に条件を補わなかった
最初に聞いたのは、河川掘削、オープンカット、押土無し、障害無し、施工数量12,000m³という条件でした。
この時点では、土質が不足していました。ChatGPTは勝手に「土砂」と決めず、「土質は土砂でよいか」と確認しました。
土砂と回答すると、通常の掘削表から330m³/日を選び、基準書下部のページ番号**「Ⅰ-14-①-6」**まで示しました。
ここで重要だったのは、数字が出たことだけではありません。
条件が足りない段階で、もっともらしい値を返さずに止まった。
積算実務では、一つの条件違いで採用値が大きく変わります。即答することより、「この条件では一意に決められない」と言えることの方が重要な場合があります。
約16項目をまとめて渡すと、2分30秒だった
次に、掘削、法面整形、床掘り、埋戻し、基面整正、鋼矢板、広幅鋼矢板、函渠工など、複数の工種を含む約16項目をまとめて渡しました。
条件は明確にしました。
- 表に書かれていない条件を勝手に補完しない
- 一意に決められない場合は「条件不足」とする
- 不足している条件を示す
- 数値が特定できた場合は、基準書下部のページ番号も示す
結果は約2分30秒でした。
一意に決まる項目では、例えば基面整正の50m²/日と「Ⅰ-14-①-17」まで特定しました。埋戻しでは、「最大埋戻幅4m以上」を89m³/日と選定しました。同じページには「最小埋戻幅4m以上」の270m³/日もあり、「最大」と「最小」の一文字を取り違えるだけで値が変わります。
一方、床掘りや鋼矢板のように施工方法、土留方式、障害の有無、打込工法、陸上・水上、最大N値などが必要な項目では、無理に一つの値を返さず、条件不足としました。
また、基準書下部のページ番号まで示せたことには意味があります。ページ番号があるだけで回答の正しさが保証されるわけではありません。しかし、少なくともAIが具体的な掲載場所まで到達しており、人間が原表へ戻って確認できます。
1冊の巨大PDFなら、RAGを作る前に直接試す
今回の結果だけで、「RAGは不要になった」と一般化するつもりはありません。
何百冊もの社内文書を横断する場合、アクセス権限や更新管理が必要な場合、同じ処理を大量に自動実行する場合など、RAGや専用システムが向いている用途は残ります。
今回確認したのは、1冊の巨大PDFから、人が指定した複数項目を探す用途です。
この範囲であれば、最初から文書分割、ベクトル化、検索調整へ進むのではなく、まず現在のChatGPTへPDFを直接渡して試す価値があります。必要な精度や速度が出なかったときに、RAGや表の構造化を検討すればよいからです。
もちろん、今回も最終判断は人が行います。AIが示した条件、数値、基準書下部のページ番号を手掛かりに、原典の表と注記へ戻って確認する運用は変わりません。
ただし、AIに任せられる範囲は、半年前から1年前に考えていたより明らかに広がっていました。
AIの世界では、1年前の最適解が、今日も最適解とは限らない。